※2026年7月更新
バンコク日本人学校の校歌は、 1964年(昭和39年)1月22日に制定されました。
作曲したのは、「いぬのおまわりさん」や「サッちゃん」などで知られる作曲家、 大中恩(おおなか・めぐみ)さんです。
バンコク日本人学校の校歌・基本情報
| 正式な学校名 | 泰日協会学校(バンコク日本人学校) |
|---|---|
| 制定日 | 1964年(昭和39年)1月22日 |
| 選 | 学校理事会 |
| 補作 | 門田ゆたか |
| 作曲 | 大中恩 |
校歌の歌詞は学校公式サイトで確認できる
校歌の歌詞全文は、バンコク日本人学校を運営する泰日協会学校の公式サイトに掲載されています。
公式サイトの「両校校歌」の欄では、バンコク校とシラチャ校の校歌を確認できます。
※当ブログでは権利関係に配慮し、歌詞全文の転載は行わず、学校公式ページをご案内しています。
作曲者・大中恩とは
大中恩さんは、1924年に東京で生まれた日本の作曲家です。
東京音楽学校(現在の東京藝術大学)作曲科を卒業し、童謡、歌曲、合唱曲など数多くの作品を残しました。
特によく知られている作品には、次のような曲があります。
- いぬのおまわりさん
- サッちゃん
- おなかのへるうた
- ドロップスのうた
子どもが自然に口ずさめる親しみやすさと、言葉を大切にした旋律を数多く生み出した作曲家です。
バンコク日本人学校の校歌も、児童生徒が歌いやすく、学校生活やタイで学ぶ子どもたちの姿が思い浮かぶ曲になっています。
注意: 有名な童謡「赤とんぼ」の作曲者は大中恩さんではなく、山田耕筰です。 大中恩さんは「いぬのおまわりさん」「サッちゃん」などの作曲者として知られています。
歌詞から感じられるバンコク日本人学校らしさ
校歌には、タイの明るい空や自然、広い世界へ向かって成長する子どもたちの姿が描かれています。
日本から遠く離れたバンコクで学びながら、仲間とともに明るく、たくましく成長してほしいという願いが伝わってきます。
現在の校名は「泰日協会学校(バンコク日本人学校)」ですが、校歌では長く親しまれてきた 「タイ国日本人学校」という名称が歌われています。
卒業後も思い出に残る校歌
海外の日本人学校では、転入と転出が多く、在籍期間が数年だけという子どもも珍しくありません。
それでも校歌は、友人、先生、教室、スクールバス、学校行事など、バンコクで過ごした時間を思い出すきっかけになります。
大人になってから歌詞の一部を思い出し、「タイ国日本人学校の校歌をもう一度確認したい」と検索する卒業生もいるでしょう。
よくある質問
バンコク日本人学校の校歌はいつ作られましたか?
1964年(昭和39年)1月22日に制定されました。
校歌を作曲したのは誰ですか?
「いぬのおまわりさん」「サッちゃん」などで知られる作曲家、大中恩さんです。
校歌の歌詞はどこで確認できますか?
泰日協会学校の公式サイトに掲載されています。本記事内の公式サイトへのリンクから確認できます。
「タイ国日本人学校」と「バンコク日本人学校」は別の学校ですか?
校歌で歌われている「タイ国日本人学校」は、現在の泰日協会学校(バンコク日本人学校)につながる名称です。
まとめ
- 校歌は1964年1月22日に制定された
- 学校理事会選、門田ゆたか補作、大中恩作曲
- 大中恩は「いぬのおまわりさん」「サッちゃん」などの作曲者
- 歌詞全文は泰日協会学校の公式サイトで確認できる
- 校歌にはタイで学ぶ子どもたちへの願いが込められている
バンコク日本人学校について詳しく知りたい方へ
学費、入学・編入、スクールバス、学校生活、進路については、 【2026年版】バンコク日本人学校完全ガイド にまとめています。
本記事は学校公式サイトではありません。校歌や学校情報の最終確認は、泰日協会学校公式サイトをご覧ください。
参考:泰日協会学校公式サイト/大中恩音楽記念館・作曲家大中恩公式サイト
卒業生です。♪タイ国日本人学校♪のとこしか覚えてなくて、検索してみたのですが全部は思い出せないなぁ…もうほぼ40年前だし(笑)
返信削除卒業生の方が読んでいただけているなんて光栄です。40年前となると記憶も薄くなっていることでしょうね。
削除それってよくありますよねー
返信削除私も日本人幼稚園から小学校に入学して間もなく日本に帰国、小3で戻り小学校を卒業して中1を終えて帰りました。その時はワイヤレス(ウィッタユ)通り、プロンチット近くに学校がありました。半世紀以上前ですが(笑)、今でも1‐2通して歌える校歌です。64‐5歳のジジババが同窓会で歌ってます。
返信削除素敵なコメントありがとうございます。タイ国日本人学校♫
削除いつになっても懐かしいですね!